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東京地方裁判所 昭和41年(手ワ)3863号 判決 1967年1月25日

原告 吉田幸雄

右訴訟代理人弁護士 古谷明一

被告 有岡商事(株)

右訴訟代理人弁護士 池田一

同 池田清英

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

1  被告が原告主張の本件二通の手形を振り出したこと、原告がその主張する裏書記載のある右各手形を現に所持することそして同各手形が呈示期間内に呈示されたが支払拒絶がなされたことは当事者間に争いがない。

2  そうすれば、他に特別の主張立証がなければ、原告が本件各手形の正当な権利者であると推定されるところ、成立に争いのない乙第四号証及び被告代表者本人尋問の結果によって真正に成立したと認められる乙第五、第六号証のみでは、隠れた取立委任によって原告が本件各手形を取得した事実を認め難いし、他にその証拠もないから、原告は同各手形の正当な権利者であるとするのほかはない。

3  ところで、原告が本件各手形を取得したのが、その各呈示期間経過後であることは当事者間に争いがなく、以上争いのない事実、成立に争いのない甲第三号証及び前出乙第四号証によれば、本件各手形を原告が取得するに至った実際上のいきさつは原告主張のとおりであることが認められ、また、被告代表者本人尋問の結果によって真正に成立したと認められる乙第一ないし第三号証によれば、被告が本件各手形の受取人である訴外株式会社五幸商会に対し、本件各手形金の合計額を超える額の被告主張別手形の手形金債権を有することが認められる。

そうすれば、本件各手形における前記争いのない各裏書の記載からすれば他に特別の事情がないかぎり、原告は本件各手形上の権利をいわゆる期限後に訴外株式会社五幸商会から取得したことになり、被告は右訴外会社に対する抗弁をもって原告に対抗することができ、同会社に対する前記別手形による債権をもって原告に対する本件各手形金債務と相殺することができることは法律上明らかである。

4  そして、右特別事情とは、前認定のいきさつからすれば、訴外株式会社東京都民銀行が原告主張の転付命令によって原告に対して負担することとなった預金債務と同訴外銀行の訴外五幸商会に対する本件各手形等買戻請求権に基く債権とをもって相殺したことが、原告において右訴外会社の本件各手形買戻義務上の債務を代位弁済したこととなるか否かに帰しそれによって、原告は直接右銀行から本件各手形上の権利を取得したことになり、右訴外会社を経由して本件各手形の交付を受けたことは単なる事実上の経路に過ぎないかが問題である。

右の点について、当裁判所は次の理由で法律的にも経済的にも右代位弁済またはこれと同視すべき事態は生じないと解する。すなわち、

(1)  前記銀行の原告に対する前記相殺の意思表示によって、原告がその主張の転付命令によって取得した預金債権が消滅したことは、これを否定すべき根拠はない。

したがって、右相殺によって原告は一旦取得した右債権の行使をなし得ないことになり、訴外株式会社五幸商会は原告の損失において右銀行に対する前記本件各手形等買戻義務上の債務を免れた外観を呈する。

しかし、右銀行は右手形買戻請求権を右相殺前引き続き右訴外会社に対して有していたのであり、それをもってする前記相殺をなし得る同銀行の地位は、本来右訴外会社に対して存立していたものであるから、前記転付命令によって右相殺の意思表示をなすべき相手方が原告に変ったとはいえ、そのことによって右銀行の右地位に変化が生じたり、その相殺によって、右手形買戻請求権の満足による本件各手形の返還先に変動が生ずる筈はない。右銀行は右相殺後本件各手形をその割引依頼人の前記訴外会社に返還すれば足り、これを原告のために保全したり、原告に交付したりする義務を新たに負ういわれはなく、原告取得の前記預金債権消滅によって原告が損失を受けるのは、右銀行が原告に対し相殺をもって対抗し得たことの反射的効果に過ぎない。

(2)  代位弁済において、債権者に満足を与える方法には弁済のほか相殺も含まれる場合のあることは否定できないが、それは、代位弁済をなすべき者が本来の債務者と共同の債務を負担しているか、それに準ずる保証人等である場合に生じ得ることであって、本件の場合、原告は右共同の債務者でも保証人でもないから、原告は右銀行に対し右相殺をすることはできない。それなのに、たまたま右銀行が原告に対し前記のように相殺をしたからといって、それで、原告が代位弁済をしたと同視することは関係当事者間の公平を害し、不合理である。

また、もし、右相殺をもって代位弁済と同視し得るものとすれば、右銀行としては、右代位弁済がいわゆる任意代位または法定代位のいずれに当るかを、原告と前記訴外会社との関係について調査し、その結果によってその相殺の際またはその後の措置を考えなければならない。右銀行のそのような調査及び考慮の負担は、原告が、前記訴外会社の右銀行に対する手形買戻義務に基く債務の本旨にしたがった弁済をした場合に比して、特別に加重されたものである。原告が右本旨にしたがった弁済提供をした場合ならば、右銀行はその際、原告の弁済をなすべき関係を容易に知り得られ、それによって、任意代位においてはその代位弁済に承諾を与えるか否かの自由さえあるのに、右銀行から前記相殺をする場合には必ずしも常に原告の前記関係はわからないし、そうかといって、右銀行は本来そのようなことを調査するまでもなく相殺をなし得る地位を有するものであるからである。以上は前記不合理の一つに属する。

(3) 本件に類する相殺によって、対立する各債権の消滅時期がいつまで遡るかは、銀行と手形割引依頼人との間の取引約定、相殺の時期及び相殺の意思表示の内容等によって異なり、場合によっては例えば本件の場合原告の取得したとする預金債権の原告の取得そのものがその効力を生じなかったことになり、もとより、右相殺をもって代位弁済と考える余地さえなくなることもあり得る。そのように、代位弁済の成否が右諸要素によって左右され得るということ自体、甚だしく法律関係を複雑不安定にするものであって、右相殺を代位弁済と同視することのむじゅんを示すものである。

(4) 前記銀行の相殺によって原告が一旦取得した預金債権の行使を無に帰させ、原告の損失によって前記訴外会社の債務が消滅したと、原告は主張するが、そのことも経済的には当らない。本来、前記銀行から前記相殺をもって対抗されるかも知れない負担の付着した前記預金債権、すなわちそれだけの価値しかない債権を原告は転付命令によって取得したのであるから、右銀行から右相殺をもって対抗されたからといって、原告が格別不当な損失を受けたことにもならないからである。

5 以上のとおり、結局被告は前記訴外会社に対する前記別手形による手形金債権をもって、原告の本件各手形金債権と相殺し得るものであるところ、被告は本訴において右相殺の意思表示をしているので、これによって、原告の本訴請求は失当というべきである。<以下省略>

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